がん治療翌年に世界一 矢澤亜希子さん語る!

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がん治療翌年に世界一 矢澤亜希子さん語る!

プロフェッショナル・バックギャモン・プレーヤーの矢澤亜希子さん

<やざわ・あきこ>
1980年、東京都生まれ。大学3年から趣味としてバックギャモンを始め、卒業後は仕事でお金を貯めては競技会参加のために海外を転戦。30歳で仕事を辞めてプロ活動を始め、2014年には世界大会で優勝を果たす。現在もほぼ毎月、海外に遠征していて、4月25日にはロシアでの大会に参戦する予定。

子宮体がん手術翌年に世界一 矢澤亜希子さん語る壮絶治療

2012年の年末、「子宮体がんステージⅢc。手術をしなければ余命1年」と宣告されました。手術で子宮、卵巣、卵管、リンパ節をすべて切除しなければならないと言われたのです。結婚して4年目。結婚したら子供がいる人生が当たり前だと思っていた自分にとって、人生プランが根底から崩れた瞬間でした。

 そもそも08年ごろから、ずっと体調が悪かったんです。月経血が次第に増え、生理じゃない日の方が少なくなっていました。常に貧血状態で立ちくらみは日常茶飯事。人混みや電車の中は息苦しさを感じました。「おかしい」と思って総合病院の婦人科を受診したのですが、子宮頚がん検査で異常はなく、「念のため」とこちらからお願いした子宮体がんの検査でも、そのときは異常が発見されませんでした。

 検査は、子宮内を満遍なく引っかくように組織をこそげ取って行われます。後から思うと、私のがんは子宮の奥にあったそうなので、こそげ取れていなかったのだと思います。結局、生理痛の薬と「規則正しい生活を」と言われただけで終了。「ならばこのひどい体調不良の原因は何?」と疑問は湧きましたが、もう諦めるしかありませんでした。

 それでも12年の秋、次第に悪化する体調不良から少しでも楽になりたいという思いから、近所の婦人科クリニックを訪ねました。すると、問診と検査でがんの可能性を疑われ、翌月には再検査。そして、そこから紹介された大きな病院でさらに検査をした結果、「子宮体がんステージⅢc」が見つかったのです。

手術を選択できたのは「バックギャモン」のおかげ

治療方針が手術と抗がん剤だと決まったのが年明けの1月半ばで、手術は3月初旬でした。

 手術前には、手術の内容や抗がん剤の副作用、治療後の体の変化などの説明がありました。例えば、卵巣を取れば更年期障害の症状が出るとか、万が一には人工肛門になる可能性もあることを聞かされました。子供を産めないという人生プランの崩壊により明るい未来が見えなかったので、「そんなつらい思いと危険を冒して手術する価値があるのだろうか?」と悲観しました。正直、「治療を受けずにこのまま人生を終えてもいい」という考えに傾いていました。

 それでも手術を選択できたのは、実は「バックギャモン」のおかげなのです。バックギャモンは、2つのサイコロの出目に従って駒を進めるゲームです。先読みをしてゲームプランを考えるときに、展開の“場合分け”をします。

 手術のことも場合分けで考えてみました。最悪は「死」。ただ、その中にも「何もしないで死ぬ」のと、「手術をしたけれど死ぬ」という2パターンがある。どちらがより最悪かと考えました。その結果、後になって「死にたくない」と思ったとき、前者だったら何もしなかったことを後悔するだろうと思ったのです。

 主人はこんなことを言ってくれました。「死ぬ選択はいつでもできる。でも、手術という選択は今しかできない。先のことは手術をしてから考えても遅くないんじゃないか」と。それは間違っていませんでした。でも、想像以上に手術がつらかったので後悔したのも、また事実です(笑い)。

手術の翌年に世界チャンピオンに

子宮からリンパ節まで取ったので、お腹には縦に30センチほどの傷痕があります。手術した日の夜は激痛で麻酔から目覚めました。痛み止めを追加してもらいたかったのですが、痛過ぎてナースコールも押せなかったのです。そんな痛みにも1週間ほどで慣れてきて、術後2週間後からは抗がん剤治療が始まりました。それがまた激痛で……。投与は月1回ですが、そのたびに10日間ぐらいは体中に画びょうが刺さっているような痛みと、時々ナイフで刺されるような激痛があるんです。激痛が引いてもしびれが常にあり、まともには歩けません。

 投与と激痛としびれ、それが全部で6回繰り返されました。1回目は激痛がいつまで続くか、先の見えない恐怖で「もう死にたい」と思いました。でも、3回目にはパターンが読めるようになったのでだいぶ楽になりまして、6回目には世界選手権出場に海外へ行きました(笑い)。病院から許可は出なかったのですが、「来年はいないかもしれない」と思ったので……。やはり、やりたいことはやらないとダメ。後悔するのは嫌なんです。

 病気以来、「試合で負けても命は取られない」と思えるようになって落ち着きが増した気がします。手術の翌年に目標にしていた世界チャンピオンになれたときはいろんなことが報われた気がしました。まだ、リンパ浮腫や味覚障害など後遺症はいろいろありますけど、手術を受けて本当によかったと思っています。

<やざわ・あきこ>
 1980年、東京都生まれ。大学3年から趣味としてバックギャモンを始め、卒業後は仕事でお金を貯めては競技会参加のために海外を転戦。30歳で仕事を辞めてプロ活動を始め、2014年には世界大会で優勝を果たす。現在もほぼ毎月、海外に遠征していて、4月25日にはロシアでの大会に参戦する予定。

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